水戸地方裁判所 昭和50年(ワ)2号 判決 1976年10月27日
原告
金正文
右訴訟代理人
横山隆徳
被告
安静彦
被告
住谷松太郎
右両名訴訟代理人
丹下昌子
外一名
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「被告らは連帯して原告に対し金七五〇万円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日より完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
一、原告は別紙手形目録記載の約束手形二通(以下本件各手形という)を所持しているが、右各手形は訴外株式会社住谷石油店(以下訴外会社という)が手形割引のため原告に対し同会社の代表者である訴外住谷敏個人の保証のための裏書をなしたうえ交付したものである。
原告は本件各手形を各満期に各支払場所に呈示して支払を求めたが、これを拒絶された。
訴外会社は昭和四九年八月ごろ倒産し、また同会社および右敏個人所有の不動産にはいずれも多額の抵当権設定がなされているため、原告は本件各手形金の支払を受けることができなくなり、原告は右各手形金に相当する損害を蒙つた。
二、ところで、被告安は昭和三八年六月五日訴外会社設立当時からその取締役の地位にあつたものであるが、およそ取締役たる者は取締役会を招集し、合議のうえ、会社経営の基本方針および全般的業務執行方針を決定するなどして会社の経営管理の意思決定に参画すべき任務さらに代表取締役からの業務に関する報告説明を受け、定期の業務監査や臨時業務監査をなすなどして代表取締役の業務監督ないし監査、監視をなすべき任務があるにもかかわらず、同被告は適宜取締役会を招集し、あるいは招集することを求めることもせず(かりに取締役会が適宜開催され、同被告が代表取締役から業務全般についての説明を受けていたとすれば、同被告は代表取締役の放漫な企業経営を容易に察知し得たのみならず、同会社の資産、資金関係等については熟知していたものと解される)、取締役としての右任務を懈怠して訴外会社の代表取締役である右住谷敏の独断専行、放漫経営を許したため同会社を倒産に陥し入れたものであるから、同被告はそのため原告が蒙つた損害を賠償すべき義務がある。
三、被告住谷は訴外会社の設立当時から監査役の地位にあつたものであるが、監査役としては会計面より監査することにより会社の放漫経営を予防矯正すべき任務を有しているにもかかわらず、同被告は代表取締役である実弟の右住谷敏に会社に関する一切を委ね、毎年度の決算書類の監査はもちろん一切の監査をなさず、監査役の任務を懈怠して代表取締役の独断専行、放漫経営を許したため、同会社を倒産するに至らしめ、よつて原告に対し前記の損害を与えたものである。
かりに、同被告が訴外会社の監査役に就任した事実がないとしても、同被告の右就任登記がなされているのであるから、同被告も前記損害賠償責任を免れることはできない。即ち、同被告の監査役への就任が訴外会社の創立総会および株主総会の決議に基づかず、名目上のものにすぎない場合には商法二七八条の監査役には当らないとはいうものの、同法一四条が不実の登記を信頼した善意の第三者を保護する趣旨に鑑みれば、その登記につき同被告が承諾を与えたのであれば(同被告は訴外会社の代表取締役の実兄であり、しかも同会社設立以来監査役に就任した旨の登記がなされているのであるから、少くとも、監査役就任の登記につき明示もしくは黙示の同意を与えたことは明白である)、当該登記を申請した者はもとより、同被告もまた不実の登記の出現に加功したものであつて、右登記を信頼した善意の第三者を保護する必要上、同条の規定を類推適用して登記事項の不実なこと、換言すれば自己が監査役でなかつたことを原告に対抗することができないものと解すべきであるから、同被告は原告に対し前記損害の賠償責任を免れない。
四、よつて、原告は被告らに対し金七五〇万円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日より完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。
と述べた。<以下、事実省略>
理由
一<証拠>によれば、原告は訴外会社が振出した本件各手形を所持しており、各満期に各支払場所に呈示して支払を求めたがこれを拒絶されたところ、訴外会社は昭和四九年八月ごろ倒産したため(これは当事者間に争いがない)、原告は本件各手形金の支払を訴外会社から受けることができず、手形金合計額七五〇万円と同額の損害を蒙つたことを認めることができる。
二ところで、被告安が昭和三八年六月五日訴外会社設立当時からその取締役の地位にあつたことは当事者間に争いがない。
そこで、被告安に商法二六六条の三、第一項前段による損害賠償責任があるか否かについて検討するに、<証拠>を総合すれば、訴外会社は訴外住谷敏が代表取締役、その妻しげ子および同女の弟の被告安が取締役となり、資本の額金二〇〇万円のいわゆる同族会社であり、設立当初は従業員七、八名で二店舗を有していたこと、代表取締役である右敏は訴外会社の本店所在地である勝田市元町のガソリンスタンドの営業所長を兼務し、被告安は同市田彦所在のガソリンスタンドの営業所長として常動して来たこと、訴外会社の営業成績は向上し、同市内有数のガソリンスタンドになつたこと、同被告は昭和四八年より営業部長として、石油製品の仕入、販売等の業務に従事して来たが、訴外会社の経理関係は当初から専ら右敏が担当し、自ら金融機関等からの資金の借入、返済等の業務に従事していたこと、ところで訴外会社は昭和四七年ごろから三店舗を増設したが、そのために多額の借金をしたのにかかわらず逆に売上げは伸びず、加えて金融引締め、いわゆるオイルシヨツク等の影響もあつてやむを得ず高利貸から金融を仰いだことから、次第に営業成績は低下し、資金繰りが苦しくなつて行つたこと、そこで、昭和四八年一一月ごろに至り二店舗の建物を売却し苦況を脱出しようとしたけれども、第一一期決算報告書(昭和四八年五月一日より昭和四九年四月三〇日まで)によれば、同期の利益はなお金四一三万九、六三九円にのぼつていたが、多額の借財を抱え込み、辛うじて支払手形を決済していたこと、けれども、遂に昭和四九年七月末ごろ不渡手形を出し、前記の如く同年八月ごろ遂に倒産するに至つたこと、訴外会社は必要の都度取締役会を開催し、会社業務遂行についての重要案件の協議、営業状況の報告などがなされていたこと、また日常の会社業務についても代表取締役である右敏の独断専行ではなく、役員、部長、営業所長らが集つて会議を持ち、業務推進方協議しており、また会社帳簿や決算書類も作成されていたこと、取締役である被告安は前記の如き営業成績の低下、借財の増加等につき心配し、経理担当の右敏に対し借財の内容、返済方法等につき問いただしたこともあつたが、同人は大丈夫だと申していたのでその言を信用しそれ以上追及したり、右の件について協議すべく代表取締役に取締役会の開催を請求したりしたこともなかつたこと、以上の各事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
ところで、株式会社の取締役会は会社の業務執行につき監査する地位にあるから、取締役会を構成する取締役は会社に対し取締役会に上程された事柄についてだけ監視するに止らず代表取締役が行なう業務執行一般につきこれを監視し、必要があれば取締役会を自ら招集し、あるいは招集することを求め、取締役会を通じてその業務執行が適正に行われるようにする職務があるものと解すべく(最判昭和四八年五月二二日、民集二七巻五号六五五頁参照)、右職務を怠り、これを行なうにつき悪意または重大な過失のあるときは第三者に対して損害賠償責任を負わなければならないものというべきである。
しかるところ、前記認定真実によつては、被告安は代表取締役である右敏に会社業務の一切を任せきりにしたり、その業務執行に何等意を用いなかつたわけではなく、右敏の本件各手形の振出(濫発)行為を看過したものということができないのみならず、たとい被告安において取締役会の開催を要求したとしても、代表取締役の右行為を防止し得た(相当因果関係の存在)ことを認めるに足りないから、結局取締役である被告安にはその職務を怠り、これを行なうにつき悪意または重大な過失があつたものとして第三者である原告に対する損害賠償責任を認め得ないものといわなければならない。
三つぎに、被告住谷の責任の有無について検討するに、<証拠>によれば、被告住谷は昭和三八年六月五日訴外会社設立以来その監査役に就任した旨の登記がなされていること、昭和四九年四月二六日の臨時株主総会議事録には同総会において同被告が任期満了に伴い監査役に重任されてこれを承諾した旨の記載が存すること、そして同年五月一日右重任の登記がなされたこと、訴外会社および訴外住谷プロパン株式会社の設立発起人はその各定款上ほぼ同一であり、かつ、被告住谷は右両会社の発起人となつていること、訴外住谷プロパン株式会社の設立登記は昭和四四年二月一日になされていることが認められるのであるが、被告住谷の本人尋問の結果と対比して考察すれば、同被告が訴外会社の監査役に就任したこと、前記各事実がいずれも同被告の承諾の下になされたことを認めることはできないから、爾余の判断をまつまでもなく、商法二八〇条、二六六条の三、第一項前段あるいは同法一四条の類推適用などにより、同被告に対し第三者たる原告に対する損害賠償責任を負わせることはできないものというべきである。
四以上の次第で原告の本訴請求はいずれもその理由がないので失当として棄却を免れず、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。 (太田昭雄)
手形目録<省略>